日本の組込みシステム開発は問題山積
名古屋大学大学院 情報科学研究科 教授
附属組込みシステム研究センター長
NPO法人 TOPPERSプロジェクト 会長
高田弘章氏
高田教授は、日本の組込みシステム開発を取り巻く環境には課題が山積していることをまず指摘しました。多くの機器は複合化、デジタル化、ネットワーク化により、その開発規模・複雑さが増大するとともに、適用分野が拡大、それでいて市場競争が厳しくなっていることから、開発期間短縮や予算縮小の要求も高まっています。
製品開発の一部で開発を止めることは考えられないことから不況に強いとされ、100個以上のECU (車載組込みコンピュータ)を搭載したトヨタ レクサスLS460のように、世界に日本の組込みシステム開発能力の高さを示した例もありますが、経済危機の影響もあいまって最近はQCDのうちにのC、コスト管理要求が厳しくなってきました。
日本のものづくりの伝統的な特長
こうした中で日本の組込みシステム開発はどのような道を進むべきか。それを考えるにはまず、日本のものづくりの伝統的な特長を考える必要がある、と高田教授は語りました。大きく3つあるといいます。
1つめは、日本のものづくり企業は、擦り合わせ型の製品づくりが得意であるということ。仮説ではあるものの、機能要素と構造要素が1対1となる組み合わせ型ではなく、両者が多対多で対応し、部品設計の擦り合わせが必要な製品で強みを発揮している傾向があります。これは、日本企業が戦後培ってきた統合型ものづくりの組織能力と相性がよいためと考えられています。
2つめは、技術者の品質意識や士気が高いということ。日本のものづくり現場では、研究者/設計者であっても製品に問題があった場合には現場フォローを担当しなければならない執務体制があるため、自然と品質意識が高くなるのではないかと推察されています。
3つめは、日本のものづくりは伝統的に部分から全体へ設計する傾向があるのではないかということ。最初に床の間から設計したという江戸時代の武家屋敷の例や、高田教授自身、リアルタイムOSの開発で最初に手がけたのがタスク切り替え処理の呼び出し部分だったことを挙げて仮説を提起しました。
この先ものづくり現場が進むべき道とは
これらの特長は強みにもなれば弱みにもなり、高まるQCD要求を満たすためにはいろいろ改善の余地もあるものの、できるだけ生かす方向でこの先の進路を考えたい、と高田教授は語り、開発効率化や品質確保のための提案として以下の3つを挙げました。
1.設計抽象度を上げる
開発生産性を上げるために設計物を少ないライン数で記述できるようにすることが重要で、具体的には、UMLのステート図などの状態遷移図/状態遷移表や、MATLAB/Simulinkといったブロック線図など、ソフトウェア開発をモデルベース設計で行い、モデルからプログラムを生成する技術をより一層進めていく必要があります。
2.設計資産の再利用促進
プログラム品質の向上に加えて設計ドキュメントや設計根拠を残すことで良質な設計資産を蓄積することを心がけるとともに、再利用を前提とした開発プロセス体制が取れるよう組織を見直すのも一法です。
3.応用分野ごとのプラットフォームの構築・活用と共通化
適切な範囲の応用ドメインを設定し、それぞれに向いた高品質なプラットフォームを構築することで、システムの品質向上とアプリケーションあたりの開発コスト削減をめざします。
多忙な開発現場の中でこうした改善を実現するための有力な方策として、高田教授は、開発できるソフトウェアを製品開発に入るまでに開発しておく先行開発を挙げました。時間に追われた厳密な工程管理が必要ないため、職人的/芸術的なソフトウェア開発を許容したり、アジャイル開発など管理オーバーヘッドとリスクが低い開発プロセスを選択できる利点があるといいます。
また、開発者の品質意識や士気を維持できるような執務体制の確保も重要で、技術者を機械扱いせず、得意なことが生かせる働き方も重要だと語りました。